前回は「財務分析」という大きな視点で、分析方法や指標について書いていきました。今回からは、業界別により詳しくご説明してまいります。業界ごとに決算内容の特徴や、金融機関からの目線も異なるため、自社が属する業界の特徴を抑えたうえで分析することでより精度や確度を上げることに繋がります。
今回は「業務別分析ポイント①」ということで、卸・小売業界の財務分析の着目点について書いていきます。
業界特色
卸・小売業界の中小企業者の経営環境は厳しい
かつて高度成長期においては、中小の卸・小売企業は需要の拡大を背景にした、市場全体の成長により大きく利益をあげ成長していました。
しかし最近では「消費の多様化」「競争の激化」「インターネット通販の台頭」などにより、「勝ち組」と「負け組」の明暗がはっきりと分かれるようになりました。後者の企業については後継者不足もあり、今後急速に淘汰が進む可能性があります。
このような事業環境下において、企業の生き残りの方向性を考えた場合、商品開発力や仕入れコストについては大規模企業のスケールメリットが圧倒的に優位であり、中小企業者の不利は多くある状況です。
そのため、大手とは異なる特色を打ち出すことが必要になります。しかし「言うは易し行なうは難し」です。市場や自社の状況を正しく把握すること、事業環境に応じた商品管理体制を構築することが必要になります。
財務分析のポイント
まずは「実態財務諸表」の作成が重要なポイントです。実態財務諸表を作成し、課題を洗い出し、掘り下げて分析していきます。
卸・小売業における金融機関の目線では、粉飾決算の観点からも「売上債権」と「棚卸資産」が注目されます。
小売業の回転差資金
回転差資金とは?
仕入代金の支払期日が売上代金の回収期日より先であるために生じる余裕資金をいいます。貸借対照表で表すと、「売掛金<買掛金」の状態における差額です。主に小売業においては、日々の現金商売による売上があり、仕入れについては掛けであるために発生します。
この回転差資金は、売上が増加すると増えますが、売上減少局面では大幅に減少し。手元流動性がないと資金繰りに窮します。
回転差資金の戦略
商品仕入の支払期日をできる限り伸ばすことで、余裕資金を生み出し、業容を拡大していく方針です。
資金の調達方法としては、「利益(内部留保)」・「金融機関借入」・「増資」などがあります。「利益」は相当金額が納税や配当に回さざるを得ず、「借入」は金融機関の影響力が増し、「増資」は実質的な調達コストが高くなります。
回転差資金を活用することは、コスト・自由度の両面において有利な資金となるため、売上が拡大する成長期においては自ずと役割が大きくなります。
回転差資金のリスク
回転差資金による戦略が成り立つのは、売上が右肩上がりに伸びている成長局面です。
売上減少期には回転差資金がマイナスとなり、手元資金に余裕がないと大きな事業リスクを負うことになります。
多店舗展開の戦略
店舗展開の合理的判断
多店舗展開における投資評価は「投資金額」と「獲得キャッシュフロー」、つまり投資とリターンの関係として判断することが重要です。
損益計算書だけの判断で、「当期純利益」がプラスとなっている状況での撤退の判断は難しいです。
しかし、キャッシュフロー計算書をもとに冷静な分析を行うと、設備投資の効率について見えてきます。毎期黒字計上であっても「フリーキャッシュフロー」が多くの期でわずかなプラスもしくはマイナスとなっている状況では、設備投資が業績向上に結びついていないことになります。多店舗展開時におけるフリーキャッシュフローの不足原因は、「有形固定資産の取得による支出」とそれに伴う「棚卸資産の増加」が大きいと考えられます。このため資金の捻出については「借入金の増加」「現預金の取り崩し」により資金不足を賄わざるを得ないことになります。
このような状況下において、この企業が売上減少局面に陥った場合、先程の回転差資金が逆回転し急速な資金減少に見舞われることがあり注意が必要です。
このようなことが起きないように、店舗展開には「投資とリターン」の合理的判断が必要となります。
設備投資とキャッシュフローの関係
一般論として設備投資は「営業活動によるキャッシュフロー」の範囲において行われるのが望ましいと言われます。その範囲を超えた積極投資は企業規模拡大のスピードが非常に早い反面で借入金が急速に拡大します。
そのため、拡大志向を継続し積極的な設備投資を続けていくためには、キャッシュフローの改善が極めて重要となります。
在庫管理の徹底
順調に売上が拡大している状況では、回転差資金も大きく生み出されます。反面、何らかの事情により規模拡大にブレーキがかかり、売上減少局面となった場合には急速な資金不足となる懸念があります。
よってキャッシュフロー改善には、在庫管理(売れ筋管理)の徹底による運転資金の節約が、拡大路線を維持するうえで重要なポイントとなります。
今回は小売業・卸売業の特徴と財務分析について書きました。
業種柄、現金商売のため経常的な運転資金は少なくてすむものの、売上減少局面においては回転差資金が逆回転し急速に資金が減少します。そのため日頃から自社の財務をモニタリングし、柔軟に戦略を練っていくことが重要であると感じます。